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万年筆のメカニズム<3>

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クロスポイント

クロスポイントとは、セーラー万年筆(株)でこの道五十年を超えた長原宣義さんの考案で製造されたペン先の名称で、簡単に言うと通常のペン先の前3分の1位の上部に、もう1枚のペン先を重ね合わせたもので、更に太く書ける様に作られた世界で唯一のオリジナルペン先である。

このペン先に私が始めて出会ったのは、1995年秋で、私の店のお客様のY様が自慢の万年筆を取り出し、ニヤッと笑いながら、「これ書いてみる? すごく書きやすいよ。」と言う。万年筆屋に来て何が書きやすいだ、俺には森山モデルがあるぞ。こちらにも自信があったが、相手の方が自信に満ちた余裕があった。書いてみた。

な、な、なんだこれは?!
驚いた。声が出ない。しゃくなことにY氏はそれみたことかとニヤついている。そっとルーペでペン先を見てみた。ペン先が2枚重なっているではないか!誰だ、こんな技を使える奴は? 負けた、負けた、それも大負けだ。思わず心の中で叫んでしまった。大きなハンマーで頭を殴られたようなショックだった。それが私の、クロスポイントとの強烈な出会いであった。

それ以後は、長原さんが東京・横浜でペンクリニックを開かれる度に追っかけた。私を育ててくれたのはモンブランで、ペン先のマイスター、Mr.パインに基礎を教えていただき(ただし1週間という短い期間)、その後はお客様に育てられてきたが、いつも心の中で技術の師匠・親方を求めていた。もし長原さんが師匠になってくれたらとの願望を抱きながら、自分用のクロスポイントが欲しくて、一年少々の間、「追っかけ」をしたのである。今思い起こすと、その時は万年筆屋ではなく、ただの万年筆好きのおやじであった。その結果として現在は、私が望んでいた師弟関係にも似た関係になれ、いろいろ教えていただいている。

このクロスポイントは、奇を衒うわけでも目先を変えるわけでもなく、ペン先の理に適った形状なのである。いわゆる極太ペン先は、それ自身が筆記角度を限定してしまい、使用できる角度の範囲は非常に狭いが、このクロスポイントは筆記角度、特にねじれに対し、比較にならないほど広がったのである。

(図6)ペン先の太さ別筆記サンプル
< EF >


< M >


< BB >森山モデル


< 3B >ペリカン#1000


< セーラークロスポイント >



(図7)左より 約80 約55 約35゜
セーラークロスポイントを筆記角度(たてる角度)を替え筆記したサンプル(筆記サンプルは全く同じペン先)




私のペン先調整の経験から、ニブポイントの理想的な形状は、私が入社した頃のモンブランであったり、現在の長原さんのなぎなた研ぎであるのだが、仕上がった形状はよく似ている。これらは、決して機械では仕上げられない形状で、熟達した職人の手によってのみ作り上げられるものである。

その集大成が、クロスポイントのナギナタ研ぎで仕上げられたものである。熟達した職人によってのみ作り上げられる手研ぎされたペン先は、書き手に書きやすさだけではなく、心に染み込む安堵感や心地良さを感じさせてくれ、本当の満足感を与えてくれるのではないだろうか。

前にも述べたが、このクロスポイントは、極太として理に適った、理想であり、究極であり、夢である。今は更に究極の、ペン先を3枚使って作り上げた、長原さん呼んでいわく「エンペラー」なるものも製品化されている。このクロスポイントがついている製品は、京都洛西の旧家の屋根裏で燻された煤竹で作られた「竹のしずく」に、ごくわずか付けられて販売されているが、ただ取り扱っているのはごくわずかな限られたお店だけのようだ。フルハルターではこれら長原作品のいづれも取扱っており、どの作品にも好きなペン先を取付けることができるので、興味のある人はお店に来てほしい。
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