万年筆のメカニズム TOP
メカニズムTOP メカニズム2 メカニズム3 インクの吸入 インク漏れ
万年筆は、インクタンクつまり吸入式であれば胴軸の内部、カートリッジ式であればカートリッジまたはコンバーター内部のインクが、毛細管現象の原理により、ペン芯の細い溝を経由して、ペン先まで運ばれる。そのインクは、ペン先下部とペン芯上部の間に貯えられる、その貯えられたインクは、やはり毛細管現象の原理で、ペン先の切り割りを通り、先端部分のニブポイントの切り割り部分に貯えられる。その切り割り部分に貯えられたインクは、その切り割りが紙に接することによりインクが紙につき、筆記されることになる。つまりペン芯にある細い溝の毛細管現象によりペン先までインクが運ばれる原理の筆記具である。
ボールペンは球の回転による転写なので誰が書いても球が紙に当るので同じ様に書けるが、万年筆はペン先先端の切り割り部分に貯えられたインクが紙について書ける筆記具なので、使い手の筆記角度により、その切り割りに貯えられたインクが紙に接しないことがあり、書き出しインク切れや、左右のどちらかが強く紙に当るためにヒッカカリが強くなる。
また同じ万年筆でも、筆記角度により太字になったり細字になったりすることを、これから図や写真とともに説明する。
万年筆をたてる角度
図1は、筆記する時の万年筆を立てる角度である。
図を見ていただければご理解いただけると思うが、同じペン先でも立てる角度を変えることにより字幅が違ってくる。図のペン先の場合は、35°で一番太くなる。順応性の高い人は、同じ万年筆でたてる角度を変えることにより太さの違いを楽しめるということだが、大勢の人々の筆記角度は一定の範囲に固定されているために、太字を買ったはずなのに余り太くないということも起こりうる。
(図1) 筆記時のペン先をたてる角度
上図のニブポイントの形状のペン先による筆記サンプル
万年筆のねじれる角度
前に述べたたてる角度よりも、このねじれる角度の方が重要である。
図2を見ていただければ一目瞭然だと思うが、左や右にねじれる人だと、細字では良いのだが、ペン先が太くなればなる程、ニブポイントの切り割りのインクが貯えられている部分が紙から離れるから、書き出しインク切れが起こる。
(図2-1)EFのペン先:左からフラット、左10゜、右10゜
この問題で頭が痛いのは、極太はフラットに紙に当らなければうまく使えないのだが、フラットに当る様な使い方をする人は、恐らく数パーセントしか居ない。
何故左右にねじれて使うのだろうか?
(図2-2)Mのペン先:左からフラット、左10゜、右10
実験してみよう。 1人ではなく2人いるとよく判る。
右利きの人は、当たり前だが自分の目よりも右手は右にある。その右手に持った万年筆で字を書く時に、無意識にペン先の上面を見ようとする。ペン先の上面を見ようとすれば、必然的に万年筆を左にねじることになる。相棒を正面に座らせて、あなたがどんな角度でニブポイントを紙に当てているか見てもらうとよく判る。きっと自分が思っていた角度と違っていると思うが。
当然のことだが左利きには反対になる。ただし、このことは絶対ということではなく、割合として多いということであり、皆それぞれの顔や指紋が違う様に、独自の筆記スタイルを持っているし、またそのスタイルで筆記すればいいのである。
そのスタイルに万年筆の方を合わせるのが、私の仕事だから。
このねじれの問題は書き出しインク切れだけでなく、書き味とも密接な関係がある。フラットに紙に当る人は、ポイントの下部全体が紙に当たりなめらかに書けるが、どちらの角度にねじれても、ポイントの左右の角が紙に当るのでなめらかに書けないし、書き出しにインクも切れてしまう。
(図2-3)3Bのペン先:左からフラット、左10゜、右10゜
ではどうすれば良いのか。
それは使う人のたてる角度とねじれる角度の両方に合わせて、ニブポイントを調整するしかない。昔万年筆が高価だった時代は、自分で使い込んで書きやすくするものと考えられていたが、どうも今の時代にはその忍耐力、いや万年筆に代わる筆記具が多いためか、他の筆記具に替えられてしまうのだろう。
十年、二十年と大切に使われた万年筆は、その使い手の筆記角度でニブポイントが減ってゆくために、その持ち主にとっては、極上の、最良の友となる。私の役目は、はじめのよそよそしさを取り除き、言うならば、慣らし運転を終えた状態にして販売することだと思っている。そしてその後は、ご主人の忠実な最良の友となってくれることを願っている。
ここで別の角度から、万年筆の特徴が良く出ていると思うことを、図を交えて述べる。
(図3)
左:左右のニブポイントがアンバランスなニブ フラット
右:左右のニブポイントがアンバランスなニブ 左20°
図3を見ていただければ判ると思うが、このニブポイントは、切り割りを入れる時に、真ん中ではなくズレてしまって、不良品と言ってもいいだろう。フラットに紙に当てると、右側のニブポイントだけ紙に当たり、インクが書き出しに切れ、ヒッカカってしまう。しかし右利きの人は左にねじれる書き方をする人が多いと申し上げたが、このポイントの左右アンバランスな不良品とも言えるペン先が、とても具合良く書けるのである。
ペン先調整を生業としている私としては、きれいに美しく丁寧に研かれたニブポイントよりも、左右アンバランスな不良品とも言えるニブポイントの方が書きやすいという事実は認めたくないのである。がしかし、これも万年筆の現実である。本当に恐ろしい世界である。だから、今私は、使う人の角度が判らないと製品の販売も、調整もしないことで、この恐ろしい世界から逃れている。
万年筆は食べるものとある意味では似ていて、味覚や触覚かの違いはあるにしても、それは、己の固有なるものである。おいしい、まずい、また、良い、悪い、は、自分自身でしか判断できないである。良・不良を判断する物差しは個々の使い手の中にある。よく有名な方や先輩・友人たちの評価が高いと、使う前から良いものだと先入観を持つが、それはあくまで参考程度にとどめるべきで、己の手から伝わる感触に従うべきである。我々は、その選択の時のよきアドバイザーとなりたいものだ。
インクの出る量
インクの出る量は、ペン先の切り割りの幅・すき間で決まる。
このすき間が広がれば、インク出は多くなり、つめてすき間をなくせば、インク出は少なくなる。 しかし、この切り割りの幅は固定されているものではなく、筆圧をかければ切り割りは開き、インクでは多く、筆跡は太くなる。
図4は、同じ万年筆で、筆圧をかけずに書いたものと、筆圧を強くかけて書いたものの比較である。
左は弱い筆圧で、右は強い筆圧で書いたもの。
(図4)50年代の柔らかいモンブランのペン先で筆記
ペン先の切り割りの幅が狭すぎると、インク出が非常に悪くなり、無意識に筆圧が強くなることが多い。筆圧が強いということは、
1)紙に対する抵抗を自ら強くすることなのでヒッカカリが強く、
2)ペン先に余分な負担をかけて早く痛める、
3)手に対する負担も大きい、
ということなので、できる限り筆圧を弱くして書くことを習慣づけるべきである。
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